ノムさんに献花
昨日と本日、神宮球場で野村監督お別れイベントがあった。9:00~16:00の時間だった。15:10に仕事を終えて、約2・5キロを歩いて向かった。急ぎ足で。
電車を使うと渋谷へ徒歩15分、乗車時間は6分くらい。そこから5分・・・銀座線渋谷駅は日曜の混雑が予想される。バスは表参道で時間をロスする、やはり歩きが確実という結論。
小雨が降る中、最短距離を選んで急ぎ足、こんなに懸命に歩いたのは久しぶりだった。30分くらいで神宮球場に到着。天気が悪い上に、閉会ギリギリだったためか長い時間並ばずにすんだ。
球場の正面玄関7番入り口の奥に祭壇。球団が花を用意し、弔問客が1人ひとり花を手向け手を合わせて冥福を祈った。
私は柄にもなく必死で歩いてきたので、汗びっしょり!献花の列で汗をぬぐっていたら、職員のお姉さんが「大丈夫ですか?」ときた。泣いていると思ったのだろうか?汗がダクダク、ものも言えずウンウンと頷いてゴマかす。
手を合わせると思い出が・・・
1978年スワローズ初優勝は入社2年目だった。サンスポには面接で「小さい時からスワローズファンです」と大きな声で言ったことだけ覚えている。初Vの時、トイレで泣いているのを見られて、同僚に笑われた。
サンスポと言えども、スワローズファンは少なかった。巨人ファンばっかり。最下位が指定席だった球団がリーグ制覇、嬉しかった。先輩記者に連れられて、安田投手と知り合ったのもそのころ。しかしVが遠のく。
1990年に野村監督が就任。9年間で優勝4回、日本一3回だ。黄金時代、素晴らしい時期をありがとう!ノムさん!
1993年ごろ、安田投手は投手コーチだった。開幕壮行会に先輩に連れられて行った。安田コーチがノムさんに「コイツが見に来ると、負けるんですよ」。ノムさん「もう来んでええで」とボソリと笑った。私は「ホームで勝率10割にしてください!」と言ったが、その年は球場に行かなかった。そしたらV!しかも日本一!
私が足しげく球場へ行った1995年、1997年も日本一に。私のせいではなかったよ!安田さん!その安田さんは故郷(小倉)での高校の監督を夢見ていたが、病に倒れた。闘病しながら不定期コーチをしているという。
手を合わせた短い時間に、そんなことが脳裏をかけめぐった。
ノムさん!改めて感謝します!歓喜の思い出ありがとう!やすらかに。
※駄句
神宮や名将偲ぶ冬の雨(天愚)